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東京造形大学在学中より写真を撮り始める。
卒業後、愛知県瀬戸市にて陶磁器制作を学ぶ。
日々目にする光景を、写真に撮る、土を焼くという方法で「記憶の記録」を続けています。
茨城県出身。
近年の展示
2018 「みっける365日」展;生活工房(世田谷区)
2017 「NO LIMIT 東京自治区」写真展;VOID LENS(杉並区高円寺北)
2015 「RECORD 0920 2014 」写真展;6号線(墨田区東向島)
場所:<京島エリア>⑭日建_京島3-50-11
森の記憶 凪の海
軒下をお借りする「株式会社 日建」さんは大正7年より三代にわたって木製注文建具を作り続けているそうです。地域のお話をうかがうと、京島三丁目は奇跡の下町とも呼ばれ、関東大震災、東京大空襲の大火でもほとんど被害を受けず、以前は「西吾嬬町(にしあづまちょう)」という町名だったそうです。町名の由来は吾嬬神社(あづまじんじゃ)にあります。
「日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は海を渡って上総に向かう途中、暴風に遭い、お妃の弟橘媛(オトタチバナヒメ)が海の神様を鎮めるために海に飛び込むと、海は穏やかに静まりかえった。」という話を聞きました。吾嬬神社は弟橘姫の遺品を祀ったとされています。神社には歌川広重の名所江戸百景に「吾嬬の森 連理の楠(あづまのもり れんりのくす)」として描かれた大きな楠(クス)の枯れた古木が残っています。
街の中に静かな森をつくりたいと考え、陶での制作にとりかかると、吾嬬の森に今も佇む楠の古木と深緑色の織部釉、炎に焼かれながらも冷たく固まった陶のイメージが重なりました。そして、弟橘媛が鎮めた凪の海を思い浮かべながら、もうひとつ、海の色の釉薬を調合しました。