アートは救い。下町の建物に期待をかける大家さんとアーティストの出逢い

2021.10.22

墨田区の京島・八広・文花エリアは、東京下町の長屋が最も多く残る地域です。


年齢層も高い住宅密集地域でありながら、すみだ向島EXPOの会場として成り立つ背景には、地元の方々の理解や支援が欠かせません。


そんな表現活動への懐の広さは、他に8月まで行われていた「東京ビエンナーレ」の会場のひとつになったことでも証明されています。


中でも注目を集めた「東京大屋台」は、三軒長屋旧邸+稽古場の裏手にある小さな庭に竹の櫓を組み上げ、人々を圧倒しました。


この街で、アート作品は地域住民にどう受け入れられ、アーティストたちは何を感じたのでしょう。


今回、会場となった長屋の大家さんからの提案で、大家×アーティスト×実行委員長の3者対談が実現しました。


「アートは、この街の救いになる」


それぞれの想いが交錯した、大事な記録をここに綴ります。

-------------------------------------

登場人物(敬称略)

深井輝久

京島を中心に古くからの物件を所有している大家さん。すみだ向島EXPO実行委員長でもある後藤が越してきたばかりの頃から物件を提供し、古い物件を生かした活動を陰ながら応援している。

海野貴彦

個人としては画家であり、アートユニット「野営」のディレクション全般を担う。東京ビエンナーレでは「東京大屋台」を成功させたほか、すみだ向島EXPO2021にも参加。

後藤大輝

すみだ向島EXPO2021実行委員長。深井さんの物件をいくつか借りたり紹介したりしながら、この街に残る古い物件の保存と活用に取り組んでいるひとり。

-------------------------------------


コロナ禍でも、この街ならできることがある


深井:今回の「東京大屋台」は、後藤さんがここに野営さんを連れてきたことが成功の要因だったと思うのだけど、それはどういう経緯だったのかな。


後藤:同じく東京ビエンナーレに出展が決まっていた「東京型家」のチームから海野さんを紹介してもらったのが最初でした。そのときにEXPOの話もしていて。


海野:去年のEXPOから面白そうだなと思っていたんです。僕らもその頃は東京ビエンナーレの準備で、会場の調整中でした。でも、これまで各地で竹の櫓を組んできて、やっぱり一番やりづらいのは東京だったんですよね。どの場所ならできるかをずっとリサーチしていたけど、ほぼ実現不可能に思えるくらい難しくて、最終的に後藤さんに泣きついたんです。


後藤:墨田区や東武鉄道の人もかなり好意的に実現しようと動いてくれていたけど、コロナが長引いたことで難しくなってしまったんですよね。



海野:本当に、困り果てていました。そんなとき、元々は東京滞在時の宿舎として後藤さんに提供してもらった旧邸を訪れたら、裏庭があったんです。「ここを使わせてもらえませんか?」と相談したのが、会期が始まる1か月前でしたよね。


深井:制作期間も考えるとかなりギリギリだったんじゃないかな。でも最初に後藤さんからこの提案を聞いたとき、直感で「面白そう」とは思ったんです。ただ、こんなに狭い土地に櫓が組み上がるイメージが湧かなくて。後藤さんにも「一応気を付けて」とは言ったよね。そうしないと、せっかくの表現活動が後味悪くなっちゃう。コロナによる制約もあるし、心配はもちろんありました。


後藤:実は僕も、当初は本当にここが「東京大屋台」として成立するのか不安だったんです。海野さんは「場ができたらおのずと人は来る」と言っていたけど、それがまさに実現したのはすごいことで。



海野:ただ、僕らとしては「アートだから何をしてもいい」なんて態度はおくびにも出せないとも思っていました。


ここには日々を積み重ねて生活している人がいて、そこにお邪魔している状態だから、優先順位をはき違えないようにしきゃなと。突然大きな竹の櫓が組み上がるのは、どうしたって周辺の人たちにストレスがかかるものなので。


後藤:そうですね。でも、こればかりは申し訳ないけど「大家の深井さんが良いって言ったなら大丈夫だろう」と、近隣住民の方々は許容してくれると思ってはいました。


深井:それはあったと思いますよ。たまに驚かれるけど、このご時世でも盆暮れ正月に挨拶に訪ねるのが当たり前の付き合いだからこそ、まずウチが許したことで近隣の方々は「じゃあ大丈夫か」と安心はしてくれます。


それにまあ、これまでも後藤さんが色んなイベントをやってきた下地ができているから、みんな慣れたんだと思うよ(笑)。


海野:それは本当に感じましたね。この会場は民家や写真館が隣接しているけれど、「また何かやってる」と不思議そうにしてはいても、みんな受け入れてくれて。 



海野:すごくありがたかったのは、近隣の方々へ「こんなことをやります」と挨拶をしに伺ったら、だいたいみなさん「あーはいはい!!」と、全部聞かないうちに励ましてくれるんです(笑)。


「よく分からないけど、にぎやかになるなら楽しいじゃん。がんばってがんばって!」なんて言われるのは、ぼくらのような「よそ者」としては、この状態が出来上がるまでの背景をちゃんとわきまえないといけないと思いました。


隣接している写真館さんなんて、櫓ができたら物干し台から手を振れるくらいの状態になってしまうのに、この現象を「今だけの隣人」として楽しんでくれて。街の寛容さを感じました。



海野:それに、僕らもびっくりしたんだけど、この街のみなさんはとても無邪気に、キャッキャッキャと楽しんでくれる人が多くて。


僕らが与えられたのはこの場所だけじゃなくて、ここに住む人たちからの「許し」でもあったんですよね。


京島・八広・文花エリアの特異性


後藤:今回は狭さもそうだし、道路から直接見える場所でもなかったので、作品の展示場所としては大変さもあったと思うんです。


海野:そうですね。過去に比べてもめちゃくちゃ特殊な環境でした。これまでも、人通りがない山奥や、一日数万人が通過する都心などさまざまでしたが、それでもやっぱりここが一番特殊だったかな。


人の数も多い住宅地で、この作品を許せる人も許せない人もいるのは当たり前。あとは冷静に考えても「やりやすい時期」ではないので。その中で「こんな風にやれたらいいな」と思い描いた夢が叶ったのは、2か月間の大きな成果だと思います。一切手を緩めず、やりたいこと、やるべきことをやり尽くせたのは、この場所だからこそでした。



深井:僕も、これが東京の下町でできたことを奇跡的だと感じました。最近墨田区を狙ってくる人たちって、良さを知らずに来ている気がするんです。家賃が割安だとか交通が便利だっていう理由だけで来ちゃっているけど、本当の魅力はそこじゃない。


とはいえ、特に京島あたりを狙ってくる人はちょっと思考が違いますよね。この街に来る人って、自営業者が多いんですよ、自由な感じ。ここはやっぱり人との密なコミュニケーションが重要だというのも、ひとつあると思う。


海野:自営業者というのは要するに、何かに保障されて守ってもらっているのではないから、僕らのようなアーティストの活動も分かってもらいやすいのかも。


後藤:そういう意味で、たしかにこの街は何か表現活動をしたりお店をはじめたりする際にトライアルしやすいっていうのがありますよね。


海野:うん。この辺りって、東京なんだけど何故かローカルな感じがありますよね。初めて京島駅(EXPOの総合拠点となる複合施設)で、みんなと一緒に大きなテーブルで夕飯をごちそうになったときに、それを強く感じました。


自分が地元の練馬でこういう体験を一度もせず、今拠点にしている愛媛で「田舎だからおもしろいな」と思っていた環境が、実は東京でもこうして育まれているんだと知って。すごくびっくりしたんですよね。


深井:そういう感想をくれていたんだ。


後藤:うれしいですね。でも、「東京大屋台」で近所の子どもたちに向けて流しそうめんをやってくれた日があったじゃないですか。


あれも夢の再現のようで良かったです。子どもたちにとって、あの風景に出会えるのは本当に稀でしたから。


海野:後藤さん自身にお子さんがいらっしゃって、この町で子育てしているというのも大きいですよね。この街で生まれ育った子どもたちに対して、将来の担い手みたいなものを意識して活動しているんだろうなとすごく感じます。


街の個性を失わないためにアートがある

深井:人間って、衣食住以外に「救い」みたいなものが大事だと思うんですよ。後藤さんの話に結構乗るのは、そこもあるんです。もちろん美味しい店だとかも街にとっては大事なんだけど、アートっていうのは日常の中でも「救い」になると思うんですよ。


後藤:下町でずっと地主をしてきた深井さんのような方から「アートは救いだ」という表現が出てくるのはすごいです。


海野:アリの巣って、働きアリもいて、休んでいるやつも遊んでいるやつもいるんですよね。そういう役割も構成要素として存在していて、我々は割と「働きアリじゃない」部類なので、それが一群のなかの彩りになれるこの街は大変ありがたかったです。


深井:大きな話になっちゃうけど、前から気になっているのが、東京のパワーがだいぶ落ちているなと。僕が新卒だった頃は、日本の、特に東京が一番という雰囲気の中で、書店に行くとそういう本ばかりなわけですよ。ところがしばらくするとバブルがはじけちゃって、一挙に奈落の底まで落ちて三十数年経っている。


僕の場合は国際交流とかもやっているので、しょっちゅういろんな外国人と会っているんです。そうすると、彼らがみんな日本のことを褒めるポイントが寂しいことに「安全で、安いよね」なの。


安いからいいこともあるんだけど、それしか誉め言葉がなくなっちゃったみたいで。昔はもっといろんなことで褒められたんだけどなぁ、と。


気持ち的に今の日本ってきついじゃないですか。震災もあったし台風だとか地震もあるから、将来もどこか不安だと思うんだけど、そういうときにアートが救いになるよね。



深井:それに、やっぱりデベロッパーによる上から目線開発ではね、街っていうのはうまくいかない。港区とかは別ですよ。森ビルみたいに資本がガンとあればできるけど。そうはいかないからこそ、こっちにはやはりアートが必要だと僕は思うんです。

       

海野:アート作品作りや展示発表もそうだけど、何かをやっている過程ってやっぱりワクワクして、完成するまでそうやって動き続けるじゃないですか。この街の特徴は、その雰囲気がずっとあるところだと感じました。


もちろんそれは何かの目標があったりするからなので、そういうのがずっとありつづければいいなと思いますね。


深井:あの、またお会いできるんですかね。櫓を解体して元の更地にしたあとも。それが気になっちゃって。


海野:特攻野郎Aチームってわかりますか? 僕らはあれみたいなモノなので、そこに必要としてくれる誰かがいれば駆けつけますよ。


なにはともあれ、最後にひとこと言わせてください。この夏、余すところなく一生懸命遊べました!ありがとうございました!



企画:すみだノート/すみだ向島EXPO実行委員会 ライティング:山越栞 写真:すみだノート